ゴミ屋敷

日本各地で、いわゆる「ゴミ屋敷」が問題になっている。長年、ゴミを溜め込み、自分の家の庭などに置いているのであるが、その量が膨大な量となり、悪臭がしたり、風でゴミが飛び散ったりと、周辺住民は迷惑極まりない状態である。

ここで、問題となるのは行政の怠慢である。どの行政も「指導はしている」と言い張り、それで自分の仕事に対して責任をとっているというのである。この態度、考え方がそもそも間違っているのである。

以前、自分が住んでいる近くの犬が無性に吠えてうるさいので、保健所に苦情を言ったことがある。警察にも電話した。
しかし、「本人に注意はしているが、強制力はないから、あとは本人の問題だ」と言い放って憚りないのである。

ゴミ屋敷問題も同様であって、一応指導はしているのであるから、それ以上はできないし、後は本人の問題だと言うのである。「一応指導している」・・・で、自分の仕事をちゃんとしていると思っているから始末が悪い。

おおよそ、仕事というものは結果を出さなくちゃ仕事をしたことにならない。例えば、民間会社で、営業担当においては、とにかく、取引を成立させなければ仕事にならない。仮に、何の苦労もなく、取引を成立させた者と、苦労しても取引を成立させられない者とが居たとすれば、理由の如何を問わず、取引を成立させた者がちゃんと仕事をしており、そうでない者はちゃんと仕事をしていないと評価されるのである。
勿論、人間として見た場合、努力し、苦労している者の方が上である。しかし、仕事である以上、結果を出さなければなんにもならない。
厳しいようであるが、結果を出してこそ会社が利益を得、それによって給料がもらえるのであるから、資本主義経済である以上、結果を出した者が利益を得るという原則は変えることはできない。

しかし、お役人には、この原則が全くないのである。いわゆるお役所仕事である。結果が出た、出ないではなく、マニュアル通りにやっているかどうか・・・仕事をやるというのはそういうことなのである。

ゴミ屋敷問題においても、ただただ「一応指導しています。強制力がないからこれ以上はできません」・・・ではなくて、強制力がないなら、条例を作る等の提案をして、強制力をもって本人に指導できるようにする・・・そこまでやって、実際にゴミを撤去して、はじめて仕事をしたということになるのである。

また、おざなりな指導ではなく、本人がゴミを撤去するまで、毎日、毎日強く言い続けるとか、法律や条令ができる前であっても、やり方はまだまだあるのである。どうして、そういう工夫をして、「ゴミを撤去させる」という結果を出そうとしないのか。

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by fukuhoblog | 2016-09-02 15:54


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